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認知症の事故 家族に重荷負わせない
認知症の高齢者を在宅で介護する家族らにとって、胸をなで下ろす思いの判決だろう。
愛知県大府市で2007年、徘徊(はいかい)中に電車にはねられた認知症の男性の遺族にJR東海が損害賠償を求めた訴訟で、最高裁は遺族の賠償責任を認めない判断を示し、請求を退けた。
家族の法的な責任を最高裁が判断するのは初めてである。民法が定める「監督義務者」にはあたらないとした上で、男性の心身の状態や介護の状況を踏まえても、賠償責任は問えないとした。
事故は、同居の妻がうたた寝をした間に外に出た男性が、駅構内で電車にはねられて死亡した。JR東海は、世話をしていた妻と、介護の方針を決めていた長男に監督義務があったとして、振り替え輸送費などの賠償を求めた。
民法は、責任能力がない子どもや精神障害者らが第三者に損害を与えた場合、監督義務者が責任を負うと定めている。ただ、認知症の高齢者の場合、介護する家族が監督義務者にあたるか、明確になっていなかった。
1審は長男の監督義務と妻の過失を認定し、2審は妻に監督義務があったと判断した。認知症の家族らからは「四六時中、見張ってはいられない。厳格に責任を問われれば、介護が成り立たない」などと強い批判が出ていた。
認知症の高齢者は500万人を超え、2025年には700万人に達すると推計されている。65歳以上の5人に1人である。高齢化の現実に向き合い、認知症になっても安心して暮らせる社会をどうつくっていくかが問われる。
介護保険制度による在宅介護の支えは弱く、とりわけ認知症の高齢者をみる家族の負担は重い。さらに過重な責任を負わせるべきではない。最高裁が踏み込んだ判断を示した意義は大きい。
ただ、生じた損害や被害の補償、救済をどうするかの問題が残る。家族が知らない間に車を運転して事故を起こすこともあるだろう。被害救済の公的な仕組みを含め、誰がどう負担するか、社会全体で議論を深める必要がある。
認知症による行方不明者は年間1万人を超す。事故を防ぎ、認知症の人を守るために、行政機関や住民、企業などが地域の一員として何ができるかを考え、組織の垣根を越えて力を合わせたい。
認知症の人を見守る活動が各地に広がるなど、理解や支援は進んできた。一方で、徘徊する高齢者を「困った人」と見るような意識がいまだ根強い現状を変えていかなくてはならない。
(16-3月2日)
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