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楼主 |
发表于 2016-1-8 09:21:12
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分県論の話題が北海道で再燃
2015年10月6日
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4日前の15-10月2日に、北海道ローカル番組で、北海道「分県論」が取り上げられていました。
どうやら自民党の道議会議員が「北海道分県研究会」を発足したとのことで、そのニュースに絡めての話題のようです。
私は北海道釧路市出身ですので、分県論については学生時代から知っていました。
歴史が好きで、釧路のことも個人的に調べていましたので、明治政府は「北海道の中心都市は札幌と釧路になる」と考えていたことも知っていました。
そのことから、分県は有効なことだと私は単純に考えていました。
ところが、今回のテレビ番組の「道民の声」を見ていると、さまざまな意見があるように思われました。
政治や経済に関して、世間の人々はメリットを知らないのに不満や、根拠のない当てずっぽうな批判があるものですが、分県論についても、専門知識がない私が聞いただけでも「それはないでしょう」と思われるものが多く、少々驚きました。
分県すると北海道の意味がなくなるという声は、意味不明でした。北海道は北海道です。
特に多かった声は「ただでさえ過疎化が進んでいるのに、分県したところで意味がない」というものでした。
ん? んん? 分県と過疎化になんの関係があるのでしょうか???
これは北海道の土地柄が関係しているかと思われます。
実は北海道人は北海道外に暮らしたことがない人が多く、北海道外の事情をほとんど知りません。夢を追いかけて上京しようと考える人は若者でも少なく、札幌で十分都会だと感じて満足してしまうところがあります。
そんな彼らは、比較的都会の道央は抜きにして、道南、道北、道東では「北の国から」に見られるような田舎が多く、それに加えて最果ての地と自覚するほど「流行が遅れている(北海道外で、はやっていると知っていても売っていない)」「日本的なものが少ない(瓦の屋根がほとんどない)(歴史的建造物が少ない)」「全国放送のテレビ番組と実状が合っていない(桜の開花情報が放送されなくなってから桜が咲く)(テレビでは夏休みが続いていると言っているのに、夏休みが終わって学期が始まる)」といった、北海道外と北海道内の差を常に感じて育ちますので、大きな誤解をいだくようです。それは……、
「北海道の辺境は特別に田舎なんだ」
というものです。
私自身そのように思い込んで育ちましたし、正直なところ、本州、四国、九州などの田舎のレベルを北海道人は想像できません。
そんな私が奈良県南部、岐阜県東部、三重県北部に住んだときの衝撃を書いてみたいと思います。
1.北海道は自然が多いとよく言われるけれど、本州のほうが虫だらけじゃん!(北海道は寒いので虫が少ない)
2.え? コウモリ? イタチ? イノシシ? 北海道で見たことないよ!
3.あれ? なぜ奈良県なのに大阪のローカル番組が? 岐阜県や三重県なのに名古屋の番組が?(北海道では札幌のローカル番組が放送される。他県の番組は全国放送のみ)
4.田んぼや畑がいっぱいあって、コンビニがほとんどなく、超田舎なのにショッピングモールがあって、たくさん人が買いに来る!(本州は広く薄く人が住んでいる印象。北海道は街にしか住んでおらず、街と街の間は車で30分から1時間はかかるような信号機もない一本道で原野が続く)
正直なところ、奈良県、岐阜県、三重県の田舎に住んでみて「田舎過ぎる!」と思ったものです。のどかだし、県警ののんびり感も独特です。北海道の田舎も辺境ですからとんでもない田舎ですが、ただ質がちがうだけで、レベルとしては大差がないといえると思います。
北海道の田舎は特別な田舎ではなく、本州・四国・九州(おそらく沖縄も)と大差がない田舎なんだと、なぜか驚きを持って痛感し、日本人が海外に住んで日本の素晴らしさを知るように、私は北海道外に住んで初めて北海道のよさを知ったような気がしました。
さて、本題に戻りますが、北海道の過疎化を重大視している北海道人が分県に悲観的なのは、北海道外の田舎のレベルや過疎化の深刻さを知らないから、「北海道は特に問題だ」という幻想に取り憑かれていると思います。
むしろ「なぜ北海道外の田舎は人口が少なく過疎化が進んでいるのに県として成り立つか」を考えれば、北海道の分県はとても有効なものであることがわかります。
とても人口が少ない三重県で例えると、三重県としての税収は三重県で使われます。
北海道を分県した場合、4つに分けたとして、道南の函館県の税収は函館県で使われ、道北の旭川県は旭川県で使われ、道東の釧路県は釧路県で使われます。
しかし現在の北海道としての税収は、道北の税収であっても道北で使われるとは限らず、道南の税収であっても道南で使われるとは限らず、道東の税収であっても道東で使われるとは限りません。
もちろん北海道の人口はほとんど札幌に集中しておりますので、道央の税収が道央以外に使われているというのも実状ですから、一概に「分県こそ税収を効率よく使う方法だ」とは言えません。
とはいえ、市町村税と道税は別ですので、道税に限った話であり、国税と市町村税は変わりませんから、メリットのみ、あるいはデメリットのみということは絶対になく、必ず善し悪しはありますので、分県により各県が独自に国と交渉したり、連合を作るなどすることは大きなメリットが見込めることをどれだけ有効と見るかが鍵となるでしょう。
参考に、例えば「四国の4県が統合され、四国県という1個の県にされたら、県税の配分はどうなるのか」あるいは「九州の7県が九州県という1個の県にされたら、県税の配分はどうなるのか」といった想像をしてみるとよいでしょう。なんと北海道は九州と四国を足した面積よりも広いそうです。
ますます分県したほうがいいような気がしてきました。
昭和21年の国の提案、昭和30年の広川構想等、さまざまな変遷がありましたが、今こそ分県を実現する時期ではないでしょうか。
分県しても、北海道庁の支庁は各地に以前からありますので公務員数は必ずしも増えるとは限りませんし、過疎化は分県してもしなくても進むものですし、各地に県知事、県代表等置けるようになるのですから、各地の意識は高まるものと思われます。
難点は、分県の区切り方で、十勝地方と釧路地方をひとくくりにしている案がありましたが、十勝地方はブランド力があり、自立した意識をもっていますので、釧路県とひとくくりにされるよりは、十勝県としたほうがいいでしょう。
オホーツク地方については、生活圏が釧路市よりも旭川市に拠っており、旭川県の比重が大きくなるからといって釧路県にくくるのは無理がありますので、オホーツク県あるいは北見県または知床県として独立させるのがいいでしょう。日本国内、さらに北海道内としても、もっとも自然が多い県として君臨するでしょう。
結論として、札幌県、函館県、旭川県、十勝県、釧路県、オホーツク(北見・知床)県の6県に分割することが妥当でしょう。
足しても北海道より狭い九州と四国だけでも11県もあるのですから、問題ありません。
寿命を迎える前に、北海道分県を見届けられたらおもしろいな。
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